基本情報
- 百名城番号:087
- 名称:名護屋城(なごやじょう)
- 別名:名護屋御旅館
- 所在地:〒847-0401 佐賀県唐津市鎮西町名護屋1931-3
- 電話:0955824905
- 城郭構造:梯郭式平山城
- 天守構造:望楼型5重7階
- 備考:国の特別史跡
来歴
- 1591年:前年に天下統一を果たした豊臣秀吉が、明の征伐を想定に入れ肥前の名護屋に前線基地としての城築造を命じる
- 1592年:縄張りに黒田孝高、普請奉行に黒田長政・加藤清正・小西行長・寺沢広高らとし、九州の諸大名を中心に8ヶ月で完成。秀吉の到着以後、本営となる
- 1593年:数度の朝鮮出兵ののち講和交渉がなされるも破談
- 1597年:秀吉の命により、再び名護屋を拠点に14万人が朝鮮半島に上陸
- 1598年:秀吉の死没により全軍撤収。名護屋城も役割を終える
- 1602年:唐津城の築城を機に解体
雑感
鎮西は多くの陣跡を残す所縁の多い土地ですが、当の名護屋城はというとすっかり近代化の波に乗り、タブレットを貸し出して何もない広場にARでお城を再現するというアクロバティックな作戦に出ており、逆に言えば実景に手を加えて復元を目指す事を完全に放棄するという方針の潔さに、大変好感が持てました。